【雑記】ビギナーズラックと才能と落とし穴
2013年3月7日 エッセイ コメント (2)マジックはクソゲーだ、という言葉を良く聞く。
そういいながらも、足しげく大会へ通う人もいる。
私もそのひとりだ。
なぜ私がそうなってしまったのかを自分なりにまとめてみたのが、以下の文章である。
マジックに限らず、すべてのクソゲーを愛する人へ。
##########################################
ビギナーズラックという言葉がある。
意味は初心者が運よく勝負事に勝つこと。カードゲームはもちろん、麻雀、競馬、パチンコ、FX、株、はてはスポーツの世界でまで使われている言葉である。
しかしこれらは、たいていゼロサム以下のゲームであり(主催者側の運営費や手数料などを参加者が共同で負担しているため)、合理的に経済収支を軸として考えれば手を出すべきでない。また、勝負に勝つことによって得られる快感という意味でも、参加者が増えるほど勝者は一握りに絞られるのである。それでもなお、新規参入者は増え続け、離脱者が少ないのはなぜだろうか。
私はビギナーズラックがその原因である、と考える。
上記のたいていのゲームにおいて、時の運は非常に重要な要素である。
それこそ運さえあれば、小さな勝利を得ることはそう難しくない(マジックでたとえれば、ある人にとってはFNMでの3-0かもしれないし、別の人にとってはGPTのSE進出かもしれない)。そして初心者は、そのゲームにおける成功体験がまったくないため、その小さな勝利を自分の能力、才能によるものだと勘違いしがちなのではないだろうか。
自分はこのゲームに向いている。
もっと大きな山に登ることができる。
かくて初心者は、運の要素だけでは決して到達できない巨塔を目指して旅をはじめ、百戦錬磨の猛者たちに食い物にされるのである。
もちろん、小さな成功体験の積み重ねがその初心者にとっての快であり、それこそが彼ら/彼女らにゲームを続ける動機を与えているのだろうとも思う。そこで満足できる人は幸せだ。
ここで問題となるのは、そのような小さな成功体験だけでは満足しえない人々の存在である。
野心的な人々にとって重要なのは大局的な勝利であり、戦果だ。
しかしどれほどの実力が必要なのか、実力を伸ばすにはどう試行錯誤すべきなのか、わかっていないケースがままある。たとえ実力を伸ばすことができたとしても、その先には新たな壁が立ちはだかる。
運だ。
皮肉にも、初心者のときゲームに参加する後押しをした運が、最後の段階では彼らの足を引っ張る。限られた勝者の枠に入り込むためには、同等の実力を持つ相手プレーヤーよりもほんのわずかに運が必要なのである。
もちろん試行回数を増やせば実力というものに収束していくはずなのだが、たいていのゲームにおいて、試行回数を増やせるほどの時間スケールでは実力の変動が伴う。
運の要素は排斥されないまま、いつまでも野心的な人々の隣で好き勝手に踊り狂っているのである。
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誰が言い出したのかは知りませんが、
"勝つまでやめない奴が最強"
とは、至言です。
そういいながらも、足しげく大会へ通う人もいる。
私もそのひとりだ。
なぜ私がそうなってしまったのかを自分なりにまとめてみたのが、以下の文章である。
マジックに限らず、すべてのクソゲーを愛する人へ。
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ビギナーズラックという言葉がある。
意味は初心者が運よく勝負事に勝つこと。カードゲームはもちろん、麻雀、競馬、パチンコ、FX、株、はてはスポーツの世界でまで使われている言葉である。
しかしこれらは、たいていゼロサム以下のゲームであり(主催者側の運営費や手数料などを参加者が共同で負担しているため)、合理的に経済収支を軸として考えれば手を出すべきでない。また、勝負に勝つことによって得られる快感という意味でも、参加者が増えるほど勝者は一握りに絞られるのである。それでもなお、新規参入者は増え続け、離脱者が少ないのはなぜだろうか。
私はビギナーズラックがその原因である、と考える。
上記のたいていのゲームにおいて、時の運は非常に重要な要素である。
それこそ運さえあれば、小さな勝利を得ることはそう難しくない(マジックでたとえれば、ある人にとってはFNMでの3-0かもしれないし、別の人にとってはGPTのSE進出かもしれない)。そして初心者は、そのゲームにおける成功体験がまったくないため、その小さな勝利を自分の能力、才能によるものだと勘違いしがちなのではないだろうか。
自分はこのゲームに向いている。
もっと大きな山に登ることができる。
かくて初心者は、運の要素だけでは決して到達できない巨塔を目指して旅をはじめ、百戦錬磨の猛者たちに食い物にされるのである。
もちろん、小さな成功体験の積み重ねがその初心者にとっての快であり、それこそが彼ら/彼女らにゲームを続ける動機を与えているのだろうとも思う。そこで満足できる人は幸せだ。
ここで問題となるのは、そのような小さな成功体験だけでは満足しえない人々の存在である。
野心的な人々にとって重要なのは大局的な勝利であり、戦果だ。
しかしどれほどの実力が必要なのか、実力を伸ばすにはどう試行錯誤すべきなのか、わかっていないケースがままある。たとえ実力を伸ばすことができたとしても、その先には新たな壁が立ちはだかる。
運だ。
皮肉にも、初心者のときゲームに参加する後押しをした運が、最後の段階では彼らの足を引っ張る。限られた勝者の枠に入り込むためには、同等の実力を持つ相手プレーヤーよりもほんのわずかに運が必要なのである。
もちろん試行回数を増やせば実力というものに収束していくはずなのだが、たいていのゲームにおいて、試行回数を増やせるほどの時間スケールでは実力の変動が伴う。
運の要素は排斥されないまま、いつまでも野心的な人々の隣で好き勝手に踊り狂っているのである。
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誰が言い出したのかは知りませんが、
"勝つまでやめない奴が最強"
とは、至言です。
コメント
それな。
な。